記録。記憶。


ひさしぶりに悪夢で目を覚ます。

はーこわかった。どきどきどき。。

もともとあんまり夢をみないほうなのだけど一時期よく

不吉なものばかり見てたことがあって。


起きたら胃が痛くてしょうがない。

胃が痛いからあんな夢をみたのかあんな夢だから胃が痛いのか。

しばらく動けず。。


割と子供の頃から自分の感情を偽る傾向があったからか

そういうことをすると「はいタカスギさん、それではバランス調整を

行いますからね」といった感じでこういう夢を見てる気がする。

意識のちからでムリに整合性を持たせていたものの代償だ。



自分自身には正直なほうではあると思うのだけど、自分の感情に

関しては止めてしまうんだね。そういう訓練がなされてる。

社会に対して開いてない証拠だ。一般レベル以下という意味で。

なので感情に対して素直な人をみるとすごく羨ましい。

そういう人は人としてとてもまっとうだから。



これは入力レベルの問題。

一定レベル以上の信号が入力されると僕の感情にはコンプがかかって

しまう。いや間違えた、リミッターだ。だからあまり割れない。

波形も整ってる。だけどそれは妙に人工的。



人工的ということは意識的というべきか、無意識的にと言うべきか

僕の場合は半ば無意識的に抑えつけてるところがあるような気が

するので経験による条件反射の習慣化された傾向なんだとは思うけど

いずれにしてもそれは表層部分では上手く機能しているようにみえて

実はバランスを崩してることになる。と思う。


その崩れたバランスを親の敵のように取り戻しにくるのが今朝のような

夢なのかもしれない。一時期は見た夢が象徴的なものだなと感じると

言葉にして描写してた。それは一連の流れを言語化することに意味があって。


でも時々こうして言語化する気にもならないような重たいのがくる。

ほんと久しぶり。僕もまだまだ若いなあ。子供。無邪気ではないけど。


10月の出来事についての記録、記憶。








コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    山田 ひろみ (水曜日, 16 3月 2016 02:32)

      こんばんは
     意味合いが違っていたらgomennasai.。
    自分に素直なのに、感情にはリミッターがかかる。平穏さは人工的で・・・
    意識的なら まだ 無意識なら・・・習慣化されていたら、からだはつらいかも。
    無理なく素の自分が開ける社会がほしいですね。
    。。。あっ! それが ライブ?。。。 


概要 | プライバシーポリシー | サイトマップ
©2010 kei takasugi(タカスギケイ)